有害なる独身貴族
そう言った途端に、厨房からはガチャンと大きな音と、店長の「ゆ、幸紀ぃ」という声がする。
「だって、片倉って呼びづらいですよ。橙次さんのこと呼び捨てにしてるみたいで。ね、つぐみちゃん」
「は、はあ」
血相変えて厨房から出てきた店長は、赤くなっている房野を見て、顔をしかめた。
「片倉でいい。お前ら俺のことを苗字では呼ばないだろう」
「嫌ですよ。それより店長はさっさと仕込み終わらせて下さい」
馬場さんが大きな体で無理やり店長を追い立てる。
「最近、馬場さん、店長に冷たくないですか?」
ボソリと呟くと、馬場さんは振り向いて口元だけを緩めた。
「大丈夫。私怨だから」
「私怨じゃ余計駄目なんじゃ……」
この間、馬場さんと茜さんが二人でテーブルを囲んでいたのと、なんだかんだと茜さんのことを気にし続けていたのを思い出して、俺はなんとなく納得する。
どうやら、次に近道が必要なのは、この人達かも知れない。
【Fin】