有害なる独身貴族
手持ち無沙汰になった私は、艶のあるトマトをそっと撫でる。
どうなっていれば良いトマトなのかとか、見ているだけじゃイマイチ分からない。
これが分からなかったら、仕入れなんて出来ないんだろうな。
私の知らないところに、店長の努力はある。
質のいい素材の見極め、そしてその素材を活かした調理法を考える。
私が手伝えることはそこにはない。
店に入って一年。
できるようになったことは沢山あるけど、その分出来ないことも分かってくる。
教えてくださいと言ったら教えてもらえるんだろうか。
ただの買い物とは思えないほど長い時間をスーパーで過ごし、片倉さんは両手いっぱいに荷物を持つ。
「持ちますよ」
右手から、紙袋の束を奪い取った。こっちは衣類関係だから軽いはず。
「おお、悪いな。あ、そっちはつぐみの分だ」
大きな紙袋の方を指さされる。簡易包装されて中身は見えなかった。
私は受け取って途方にくれる。
「こんなの頂くほど大したことしてませんよ」
「今日の礼だけでもないし。……ちったぁ元気になったか」
「もともとヘコんでなどいません」
「強がらなくてもいいよ。失恋って結構辛いもんなぁ」
タラシのあなたにその感覚があるとは意外ですわ。
「お前、まだまだ若いから大丈夫だよ。一杯食って元気になったら、たまに洒落た格好して出かけるといい。男のほうが放っておかないって」
ああ。
不意に納得した。
私、デートって言葉ばっかり意識していたけど。
片倉さんはただ私を慰めようとしただけなんだ。
なんだぁ。
自分がおすすめした数家さんが他の人を好きになっちゃったから?
でもそんなの店長のせいじゃないのに。
なんだぁ。
今日一日浮かれたりイライラしたりして馬鹿みたい。
予想以上に気分が沈む。