有害なる独身貴族
私の態度に不審なものを感じ取ったのか。
男は、まるで降参を示すかのように両手を挙げ、私の方に手のひらを向けたまま問いかける。
「ねぇ、なんで辞めたの?」
「なんでって。……あいつらの為に私が死ぬなんて割にあわないって思ったからよ」
あいつら、が誰を指すのかなどの説明を一切取り払って、私はそれだけを言った。
違う。本当はただ怖いからだ。
だけど、そう言ってしまったのは、なんとなく弱みを見せてはいけないと思ったからだ。
男は満足そうに頷くと、頷いた。
「君は正しい。死は自分のために選ぶべきだ」
「え……?」
「人のために死んでやるなんておこがましいし、ナンセンスだ。……君だって、楽になりたいと思っただけであって死にたいわけじゃなかったろう?」
私は返事が出来なかった。
その一言に胸をつかれたからだ。
楽になりたかった。
自分を虚飾するのももうたくさん。
そのための手段として漠然と死が魅力的に見えただけ。
本当は、死にたくなんか無かったくせに。
幸せに生きたかったくせに。
男は手をおろして、一歩後ろに下がった。
「生きなよ。そう悪くない未来が必ず待ってる」
そう悪くないって。
どうせなら最高の未来が待ってるとか、大風呂敷広げればいいのに、中途半端な。
私は彼を見上げた。
思ったほど歳は食っていない。
近所の大学生のお兄さんと、そう変わらない顔をしている。
スッキリとした短髪で、スーツ姿の首からネームプレートがかけられている。
漢字が多くて読めない文字がある。目を凝らして、読めた文字を目に焼き付ける。
意外にも、彼は市役所の人間らしい。
「役所の人?」
問いかけると、彼は小さく笑ってネームプレートを外した。
「違うよ」
そのまま背中を向けて歩き出してしまう。
「あのっ」
「生きろよ、小学生」
こちらを向かずに言ったその言葉が、胸に残っている。
小学校を卒業しても、中学生になっても、高校生になっても、成人しても。
……今でも、夢に見るほど。