有害なる独身貴族
4.慣れないことは、やめましょう
何かにすがりつくたくなって、おばちゃんの写真に手を合わせた。
「どうしよう、おばあちゃん」
私、自覚しちゃったかも。
でも片倉さんのこと好きになったってどうしようもないじゃん。
相手は四十歳の独身貴族で、女はとっかえひっかえで、ましては職場の上司。
無理無理無理。
私なんてただの従業員だし、それに店長と付き合う自分なんて想像付かないし。
「お、落ち着け、私」
写真の前で、頬をパンと叩く。
ヒリヒリした感触に、少しだけ落ち着いてきた。
このおばあちゃんの写真は、携帯を持つようになって初めてとったものだ。
当然、画質はイマイチだけど、真っ当なおばあちゃんの写真はこれしかなかったから、お店でプリントした。
本当は仏壇に手を合わせたいけれど、家に戻る勇気は今は無い。
亡くなったのは、一年と少し前。
高校卒業から勤めていた事務職の仕事を辞めた頃だ。
この頃の事を、思い出すと苦しい。
人間というのは不思議な生き物で、苦しいから思い出したくないと思えば、そこから意識を遮断できる。
そうして私は自分の過去に鍵をかけて、絡みあう幾つもの思い出の中から、おばあちゃんの温かさだけをすくい取って、この写真に手を合わせてきた。
いつまでもそのままでいいとは思っていないけど、今更向かい合ったところで、自分が辛くなる以外の何ものでもない。
だから。
片倉さんが、私を思い出さないのも同じ感じなのかなと思う。
あれだけ人生の方向性が変わったのなら、きっと彼にとっても、あの時はつらい時期だったのだろう。
問いかけて思いださせるのも嫌だし、私も素知らぬ顔をしているしか無いのかななんて思う。