有害なる独身貴族
お母さんの料理はいつも冷たかった。
料理の途中でお父さんと喧嘩になって、やがて怒りだして途中で出て行ってしまう。
嵐が過ぎ去った後に、残されたのは冷めた料理。
一汁三菜とよく言うけど、家ではいつも一品くらいしかおかずはなかった。
綺麗な人だった。
鋭角的な目も顎も私にはあまり似ていなくて、自分の趣味で買ってきた子供服が私に似合わないとよく文句を言っていた。
お父さんとはできちゃった結婚だったらしい。
つまりは私という存在が生まれたことで、お母さんはお父さんを選んだ。
だけど、二人は本当に愛し合っていたのか疑問に思う。
お母さんは、父親似の私の顔を好きではなかったようだから。
多分、あの人は母親ではなく“女”だったのだろう。
保育園や小学校で持ってこなきゃならないものをお願いすると、「なんで私が」といつも文句を言っていた。
それでも用意はしてくれたからいいけれど、言葉に含まれた小さな棘は、私をチクチクと突き刺していった。
度を越してきたなと感じたのは、小学校三年生のあたりから。
お父さんとよく喧嘩するようになったし、その度に出て行くことが多くなった。
帰ってくるまでの時間は、回数を重ねることに長くなった。
お母さんがいない期間に、家の中の熱は奪われていったみたいで、お父さんと私の間にも冷たい空気が流れるようになった。
そしてお母さんが帰ってくるととても息苦しい。
綻びが出来た家庭は、酸素の保有量も減ってしまうみたいだ。
やがて、父親も家にいつかないようになった。
この家にはきっと一人分しか酸素がないんだろう。
だから、父も母も、他の場所に酸素を求めて出て行っては戻るを繰り返してしまうのだ。