有害なる独身貴族
死んでしまえば楽になれる。
何もない世界が、とても魅力的に思えた。
もう傷つけられることもない、自分なんていらないって思うこともない。
死ぬのに、なんのためらいがいるっていうの。
勢いづいた思考は、私の心に羽を生やした。
飛んでしまえばいい。一瞬だけなら飛べる。
その後のことなんて知ったことか。
そう思って足をかけたのに、……私は死ねなかった。
心より体が正直だった。
重力で引っ張られる感覚を感じた途端に体をかけ抜けた恐怖。
生にしがみついてしまったのはおそらく本能だ。
私はその時、自分のことがとても嫌だと思った。
その頃はその複雑な感情を言葉で表すことは出来なかったけれど、今なら分かる。
“浅ましい”と思ったんだ。
こんなに辛いのに、もういいって思っているのに、それでも人生に希望を捨てられない自分が浅ましく思えて悲しかった。
でもその時、拍手が聞こえた。
「ねぇ、なんで辞めたの?」
きっちりとスーツを着こなした男の人。
その時は逆光で顔はよく見えてなかった。
「あいつらの為に私が死ぬなんて割にあわないって思ったからよ」
怯えて後ずさりながら告げた言葉は、深く考えて発信したものではなかったけれど、その時お腹の中に何か熱っぽいものが生まれたように感じた。