有害なる独身貴族
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「……はっくしゅん」
身震いとともにくしゃみが出て、そして意識が浮上する。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「やば」
慌ててうがいをするために立ち上がる。
飲食業は体調不良が一番まずい。風邪をひいたら店を休まなきゃいけなくなる。
洗面台に並んだボトルの中からうがい薬を探しだし、三回位ガラガラと音を立てて口をすすぐ。
口の中がスースーする。
それから買い置きしていた風邪薬を飲んだ。
うたた寝するなんて、どうかしてる。
一人暮らしにも飲食業にも、体調不良は天敵だから、いつもは気を抜かないようにしているのに。
「あんな夢みるなんて」
買ってもらった薄緑色のワンピースをもう一度見て、私は不満を漏らす。
片倉さんのせいよ。
慣れないことされたら、いつもと調子が狂っちゃったじゃいの。
昔のことなんて、思い出したくなかったのに。
私は首を振って、脳にまとわりつく記憶を振り払った。
忘れよう。
お父さんもお母さんも、履歴書に名前を書くだけの人。
それでいいって、随分前に納得したじゃない。
今更期待なんてしない。関り合いにもなりたくない。
……後悔があるとすればおじいちゃんのことだけだけど、もう私にはどうしようもない。
私の家族はおばあちゃんだけ。
それでいい。
これからも増えない。
こんな私に家族なんて作れないもん。
恋愛なんてなれないことも、やめよう。
私は、片倉さんがそこにいてくれるだけでいいの。
誰と付き合われても結婚されても構わない。
いてくれれば、生きていける。
「早く寝よう」
幸いお昼に沢山食べたのでお腹はそれほど空いていない。
冷蔵庫にある残り物をつまんで、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。