有害なる独身貴族
「なんだよ。どうせ着替えるんだからいいだろ。今度着てこいよ」
「あ、はい。店に……ですね」
パニクって上がったテンションがスッと下がる。
何の勝手に盛り上がってんの私。恥ずかしい。馬鹿じゃないの。
「……着替えてきます。……ごほん」
「ん? つぐみ風邪か?」
「あ、すみません。ちょっと喉が痛いだけなんですけど、マスクしたほうがいいですか?」
「咳が出るんじゃないならいい。ひどくなるようなら言えよ。誰かと交代させる」
「そこまでは大丈夫です」
その誰かは数家さんに決まってるし。
ただでさえ忙しい人の負担はこれ以上増やしたくない。
事務所に入り着替えをして、エプロンのポケットに一応のど飴とマスクを入れる。
「よし、頑張るぞ」
頬を軽く叩いて気合を入れる。
昨日、店長への恋愛感情を自覚して軽くパニクったけれど、大丈夫だ。何にも変わらない。
店長だっていつも通りだし、私が挙動不審にさえならなきゃ大丈夫。
下手に告白なんかして、振られたりとか遊びで付き合われたらもっと辛いじゃん。
今の関係が一番いい。
仕事で彼の傍にいられる。
彼の料理を、沢山の人に提供して、自分でも傍で堪能できる。
私はそれで充分だ。