有害なる独身貴族
「恋ではなかったのかも知れません」
「は?」
「振られても泣けなかったんですよ。そりゃ悲しかったですけど、引きずるほどショックでは無いですし。なにより、それから後も普通に仕事できるんです」
「ほう」
「本当に好きだったら、辛すぎて一緒に仕事なんて出来ないじゃないですか。だから、これは恋ではなかったんだと思います。だから、店長も気にしないでください」
真顔でそう伝えてみると、店長は不思議そうな顔で腕を組む。
「ふーん。まあ、いいけど。そうか、じゃあ好きな男ができたら俺に教えろよ」
また何を言い出したよこの人、と顔を上げると、ぶつかるのはからかうような調子の中にも私をしっかり捉える瞳。
「な、なんでですか?」
「協力してやるよ。お前なんか危なっかしいからなぁ」
また協力か。
いらないよ。余計な世話焼かないでよ。
私はここに居られるだけでいいんだから。
そうやって、脈が無いことを見せつけないで。
「結構ですよ。さ、掃除します。店長は洗い物お願いします」
スッと立ち上がって、お茶碗を流しへと運ぶ。
そのまま、顔を隠すようにして箒を持って表に出た。
「……もう、なんなの」
嫌になる。
数家さんに振られた時よりずっと、“協力”発言の方が痛いだなんて。