有害なる独身貴族

唇を噛み締めて、店の前を掃き、窓を拭く。
もやもやを吹き飛ばすように一心不乱に。

すると、なんとなく聞こえていたコツコツというパンプスの音がすぐ近くで止まった。


「やっほー」


小さな呼び声に振り向くと、見覚えのある人がそこにいた。

長い髪を一つに束ね、体のラインが出るような白のワンピにラメ入りのジャケットを合わせた綺麗な女性。
三十歳は超えてるって話だけど、ヘタしたら私より若くみえる。


「茜さん。いらっしゃいませ」


店長の彼女だ。

と言っても、最後に数家さんも交えて会った時に呼び出していたのは別の女の人だったから、元カノになるのかな。何度か付き合っては戻るを繰り返している気がする、この二人。


「つぐみちゃん、元気~? 橙次、いる?」

「いますよ。今閉店時間中なので料理は出ませんけど」

「いいのよ。相談に来たの。入っていい?」


私の返事を聞く前に、茜さんは扉を開けて入っていく。


「橙次~」


甘い声が耳について、なんだか胸がもやもやする。

店長の彼女は総じてカラッとして後腐れない人が多い。

デート中に私みたいな他人が混ざることも、逆に大人数での飲み会の途中に呼び出されることも気にしてないみたいで、店の誰とでも仲良くなっている。別れたと思しき後も、気軽に店に遊びに来る人ばかりだ。

茜さんは夜の商売をしていて、入店前の腹ごしらえ(私たちにしてみれば夜の部の開店直後の時間だ)によく来てくれた。

こんな時間にやってくるのは珍しいけどな。

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