有害なる独身貴族

「おはようございます!」

もう一度、自分に活を入れるつもりで声を出すと、客席の方から男の人が顔を出した。


「おはよ、房野。着替えたら打ち合わせしよう」

「はい」


フロアマネージャーである数家さんだ。
こざっぱりとしたヘアスタイルに、フロア用の制服のシャツとエプロンが似合っている。

まあフロアも何も店は一階のみにしかないのだからその言い方もおかしいのだろうけど、変なところ洋風かぶれな店長が付けた役職名らしい。


店長はよく分からない人だ。
洋風かぶれてるなら、イタリアンレストランでもフレンチレストランでもすればよかったのに、なんで鍋を商品にしようなんて思ったんだろう。

しかも、五年前に開業した念願の店、という割には基本厨房に詰めていて、実質的な店の雰囲気作りをしているわけではない。
フロアを仕切り、店の顔となっているのは数家さんだ。

私がこの店に就職してかれこれ一年になるけれど、店長と接客のノウハウを話した覚えは全く無い。



「失礼しまーす」


事務所をノックして返事が無いのを確認して中に入る。
うちの店には男女別の着替え場所が無いので、ノックは必須だ。

事務所はこじんまりとしているけど、応接用のソファと事務用の机、それと、壁際にロッカーが並んでいる。
従業員はここで来た順に着替えることになっている。

フロアの制服は、茶色のショップコートに黒のパンツ。それとエプロンだ。


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