有害なる独身貴族
「ふ……刈谷さんのところは俺が持って行くから切手貼らなくていいよ。北浜さんのも店長がやるって」
「北浜さんって、モニター歴長いんですか?」
「店できてすぐからだったな。逆に最初は北浜さんしかいなかったんだよ。前の店の時からの常連さんで、店長とはずっと前から知り合いだったみたいだけど」
「前の店って?」
「和食料理の店でさ。店長はそこで板前をしてた」
「それって何年前ですか?」
思わず身を乗り出してしまったら、数家さんが変な顔をする。
「どうした? 房野」
「え? いや、あ、すみません。なんでもないです」
私が十歳の時、店長……片倉さんはスーツを着て、役所のネームプレートをつけていたはずだ。
今私は23だから、逆算すれば、あの時彼は27歳。
この店を立ち上げたのは5年前だと聞いているから、起業したのが35歳。
その間の8年間に彼は何をして、どんなふうに生きてきたのだろう。
考え始めると、気になって仕方ない。
「……の、房野!」
「へ?」
「上田が来たから、一旦出るぞ」
「は?」
顔を上げると、ジーンズとTシャツにパーカーを羽織ったラフな服装の上田くんが、困ったように私を見ている。
「上田が着替えられないから出るぞってこと」
「いや、房野さんなら見られててもいいっすけどね」
冗談っぽく笑われて、かあっと頭に血が上ってきた。
「ごめんなさい! いま出る、すぐ出る」
慌てて立ち上がり、数家さんの後について事務所をでたところで、興奮したからか体がふらつく。
目が回ってる?
立っていられなくて、そのまま膝をついてしまった。