有害なる独身貴族
「房野、大丈夫か?」
心配そうに数家さんが覗き込んでくる。
ただの立ちくらみだろう。よくあることだし、ちょっと休めば平気なはず。
でもなんか、口が上手く回ってくれない。
「だいじょ……ぶ、です」
やっとのことでそれだけ告げるのと同時に、厨房から人が出てきた。
「つぐみ?」
店長の声だ。吸った息が、怒号になって向かってくる。
「ば、何やってんだ。本当に倒れてんじゃねぇよ」
「ちが、平気です。今ちょっと、立ちくらみ……」
「青い顔して、強がってんじゃねぇよ」
険しい顔の店長が、どんどん近づいてくる。
でもなんかぼやけて見えるなぁ。
ああ私、もしかして熱出てきたのか?
額に大きな手が載せられる。冷たくて気持ちいいなぁ。
「……馬鹿、風邪気味だってのに外にいたからだろ」
そのまま、店長の手が私の背中に回される。
平気です、と言おうとして、持ち上げられた時の重力移動に頭がふらついて声に出来なかった。
ただ、彼の肩に頭が触れた途端に、あの日の背中を思い出して、不思議と安心した気分になって目を閉じた。
片倉さんが、近くにいる。
だから私、今こうやって生きていける。