有害なる独身貴族
6.甘やかさないでもらえますか
気がついたら、私は事務所のソファに寝かされていた。
空調はかかっておらず、頬に触れる空気は若干ひんやりとしている。
だけど、体の上には誰かの上着がかけられているらしく温かい。温かさだけじゃなく人の臭いがすることに、とても安心する。
「光流、送って行ってやれ」
「いいですけど、でも」
「数家さんいないと店が回りませんよ。俺が行きます」
「その方が助かるかなぁ」
「それはダメ」
頭に飛び込んでくる店長と数家さんと上田くんの声。誰のがどれだ?
頭のなかでごっちゃになっちゃってよく分からない。
重いまぶたをなんとか開けると、三人が円を描くように並んで話し込んでいるのが見えた。
「それなら店長が行けばいいじゃないですか」
「俺は仕込みがある」
「今、馬場さんに任せてる癖に」
あれ、馬場さん、いつの間にきたの?
私、そんなに長いこと寝てるのかな。
馬場さんはウチの店のもう一人の料理人だ。
寡黙で、一見怖いんだけど時々はにかむように笑う姿を見かける。
私はあんまり話したことが無いけど、多分いい人なんだろうと思う。
「厨房は一人じゃ回んねーよ。接客減るよりまずいだろが」
「でも、パートさんとアルバイトさんだけに接客任せるのも心配なんですよね。高間さん、今日遅番なんで」
高間さんは数家さんと同じで開店の頃からいる接客担当さん。
数家さんが接客の他に事務よりの仕事をするのに対して、高間さんは厨房よりの仕事をする。仕入れとかに関わるのは高間さんの方らしい。