有害なる独身貴族
「ん。ちゃんと食ったな。これ入れとくぞ、明日の分な」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから」
「ちょっとじっとしてろよ」
おでこに、片倉さんの手のひらが乗る。
ひんやりとしているのに、顔は熱くなってくる。
やめてよ、せっかく治ったのにまた熱が上がっちゃうよ。
「ちょっと熱いか? でもまあ、昨日に比べれば下がってるか」
「でしょ?」
「良かったな」
ホッとしたように笑われて、胸が半端無くきゅーっとなる。
ダメダメ! なんとなく翻弄されてるよ。
「……お茶、どうぞ」
「ん、さんきゅ。はーうまいなぁ、落ち着く」
鋭角的な顎、その下の喉仏が飲み込む度に動く。
見つめていると変な気分になる。
喉の乾くような感覚がして、慌ててお茶で潤す。
「色々ありがとうございました。上田くんにもよろしく言っておいてください」
「ああ。……上田とあれから話したか?」
「いいえ。何も」
「一応聞いておくけど、おまえは上田を好きなわけじゃないんだよな」
「当たり前じゃないですか。恋愛とかもういいです」
「そんなに光流が良かったか? 別れるの待つのも手だよな。つぐみはまだ若いし」
「数家さんのことも、もういいんですって。憧れてただけですから」
どうしていつも話を恋愛方向に持って行くんだろう。
そんなに私を結婚させたいのか。
三十歳を前にした娘の母親みたいなこの態度なんとかならないの。
苛々する。
様子を見に来てくれることに、心を動かされて、会話をして脈が無いことを思い知らされて。
私ばかりが空回りしている感じが否めない。
望みは叶ってるの。
私は、片倉さんの傍にいたいだけ。
それだけでいいんだからかき回さないで。
「じゃあ、俺帰るな。また明日」
「はい。わざわざすみません」
優しくもしないで。
これでいいって思っているのに、もっとと思う気持ちを止められなくなる。
彼が出て行ったドアを見つめ、それからおばあちゃんの写真を見る。
そして、ぼんやりとあの日の事を思い出した。