有害なる独身貴族

そんなふうに、微妙にボタンを掛け違えつつも、私と祖父母はそれなりに仲良くやっていた。

そして二十一歳になった頃、ふと手にとったグルメ雑誌を眺めていて、思わず息をのんだ。


「これ……」


“口コミで人気上昇中、鍋であなたも美しい肌へ。お酒のメニューも充実しています”

そんな宣伝文句で紹介されているのは【U TA GE】で、店長の片倉さんの談話と顔写真が載っていた。

10歳のあの出来事からもう十年以上経っている。

私の記憶の中の彼はおぼろげだ。
それでも記憶にある顔とは合致するし、苗字も片倉で間違いなかったはずだ。
職種が違うことは気になるけれど、転職したのかも知れない。


彼だ。


そう思ったら、いてもたっても居られなくなった。

その日すぐに、【U TA GE】に向かった。
ドキドキしながら、店の店員さんの顔を舐めるように見たけれど、結局彼を見つけることは出来なかった。

きっと厨房に入っているんだ。
そう思って、厨房近くの席で聞き耳を立てたこともある。
だけど、店内の喧騒で人一人の声など特定出来なかった。

会ってどうなるものでもない。

彼の方は私のことなど覚えていないだろう。

そう思うのに、会いたい気持ちが止められなかった。

諦めることを常としていた私の人生の中で、こんなにも強い欲求を感じたのは初めて。


何度か店に通っているうちに、店員さんの入れ替わりがあることに気がついた。

それはそうだ。
皆が皆正社員じゃないだろうし、学生アルバイトはいつか就職していく。

それからは就職情報誌を見まくった。
【U TA GE】の求人はないか。

もし採用されなくても、面接を受けに来れば会えるかもしれない。


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