有害なる独身貴族

事務の仕事に不満はなかった。

ただ、小さな営業所の事務職は結婚とともに辞める人が多く、一生働けるかというところに不安は感じていたところだった。

経済的に少し厳しくなったとしても、もし正社員として採用してもらえるのであれば転職も考えよう。


そして、ようやく求人広告を見つけて、私は一も二もなく応募した。

建設会社の方には何も言っておらず、在職中の就職活動には渋い顔をされるだろうと分かっていても、会いたい欲求が抑えられなかった。


面接してくれたのは、片倉さん。
案の定、私のことは覚えてなどいないようだった。

だけど、彼の姿を見た時、私はなんでかホッとした。

感動よりも何よりも、不思議と安心したのだ。

彼も生きていてくれたことに。
もう一度会えたことに。


「……今の会社より給料落ちるよ。いいの?」

「いいんです。食べるのが好きで、ここのお料理が大好きなんです」

「じゃ、決定」

「え?」

「いいよ。君の都合のいい時から入って。辞めるのに一ヶ月位かかるでしょ」

「……ホントですか?」


その時、私はこみ上げてくるものをこらえるのに必死で、きっと目は潤んでいただろう。
片倉さんは目を細めて笑うと私に手を差し出した。


「これからよろしく、房野さん」

「はい! 頑張ります」


握手ってこんなにドキドキするものだった?
まるで居場所を見つけたような安心感に包まれて、私はその日、布団の中で少し泣いた。


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