有害なる独身貴族
それから、前の会社に辞表を出し、渋られたものの了承はしてもらえた。
片倉さんの存在は、誰にも言っていない。
それを伝えれば、私が自殺しようとしたことがバレるからだ。
だから私は今回の事を伝えに祖父母の家を訪れた時に、おばあちゃんに、「仕事を変わるつもりなの」とだけ言った。
「どうして? いい会社だったのに。飲食業なんて不安定だよ」
「でも、美味しくていいところなんだよ。私が仕事始めたら、おばあちゃんたちを招待するから」
「考えなおしなよ、つぐみ。安定した会社をなんでやめなきゃならないの」
おばあちゃんにとっては、いわゆる『会社』と名のつく企業が安定の証だったらしい。
ひどく反対されて私は困惑したけれど、決心は揺るがなかった。
「ごめんね。私、どうしてもあそこで働きたいんだ」
そう言って、家を後にしたのが、おばあちゃんとの最後だった。
夜、八時位だったか、おじいちゃんから電話が入った。
『ばあさんが死んだ』
「え……?」
『お前を心配して、文彦のところに説得するように言いに行ったんだ』
文彦とは私の父親だ。
再婚してからは、実家からは一時間あまりかかるところに住んでいる。
『その帰り道だ。ぼうっとしていたらしい。車道に飛び込んできたと運転手は言っている』
おじいちゃんの声は絞りだすようなものだった。きっと泣くのを堪えている。