腹ぺこオオカミはご機嫌ななめ

第9章 オオカミの魔法

その29。ツカサ

卵を混ぜたおかゆを食べる。おかゆなんて食べるのは何年振りだろう。
風邪で寝込んでも仕事は休めないから、熱があってもいつもと変わらない生活を送っていた。
ウサギは僕の周りを先回りして世話を焼く。
今も歯ブラシを持って、歯磨き粉をつけてから、テーブルに座ったままの僕に渡してくる。
僕は歯ブラシをくわえ、ぼんやり、ウサギの動きを追う。
パタパタといそがしそうに動き回り、僕と目があうと、にっこりする。
なんだか急に僕の心の中にすっぽり入り込んできて、距離を縮めてきてみたいだ。

『私とは1回寝てもお終いじゃないんですか？』って泣いていたウサギを思い出す。
それってやっぱり、今までの僕の振る舞いのせいだよな。
きっと、誰かに言われていたんだろう。
まったく、とんでもないことを吹き込むヤツがいるもんだ。

…これまでとんでもないのは自分だったか。
僕は、妻と別れてから、誰かを信じて裏切られて、傷つく事が怖かった。
誰も信じなければ傷つくこともないって、そう思ってきた。
奈々ちゃんに惹かれたのも彼女なら、
恋人を突然事故で失った経験がある彼女なら、
きっと僕を傷つける事はないだろうって、心のどこかで思っていた
そう思う。
そんな不純な思いでは、まるでリュウの相手になんかならない。
アイツは自分の全部で奈々ちゃんの全部を求めていた。
きっと、どんなに傷ついても構わないって、そう思っていたに違いない。
それが誰かを愛するって事だって、僕も思い出した。

ウサギは誰かに僕とは1回寝たらお終い。って聞かされていた。
それでもいいって。
初めての男と、1度だけ寝て、そのまま終わりになっても構わないって。
そう覚悟して、僕と付き合っていた。
ずっと、ウサギは僕の事が好きだったんだ。
条件付きの付き合いでも構わないって、そう思えるほど、
僕を思っていたんだな。

僕はなかなか縮まらない距離にやきもきしていたけれど、
今ならやっとわかるよ。
ウサギ、お終いになるのが怖かったんだね。

安心して、僕のそばにいて。
僕からお終いにする事は決してないよ。
僕は君をこんなに愛している。