腹ぺこオオカミはご機嫌ななめ

その数日後。
ウサギは夜勤前の朝に区役所で婚姻届をもらい、
昼休みにリュウと奈々ちゃんに立会人のサインを貰った。
そして勤務前に僕を病児保育室に呼び出す。
「書いてももらってもいいですか？」と真っ赤な顔で婚姻届を差し出した。
僕はびっくりしたけど、
「立会人のサインも、ウサギの署名も済んでるのに
僕が書かないわけにはいかないな。」と笑って、署名する。
「家でゆっくり書いてもいいんじゃないの？」と聞くと、
「明日、勤務が終わったら出してきます。」とにっこり、書類を大切そうにしまう。
「明日出すの？」と僕が驚くと、
「ダメですか？」と僕を見つめるので、
「もちろん、ダメじゃない。
でも、ご両親に話してからの方がいいんじゃないの？」と言うと、
「母には言ってあるから大丈夫です。
あっ、遅刻しそうです。行ってきます。」と慌てて、走って行ってしまう。
僕は唖然と見送る。
奈々ちゃんが顔を出して、クスクス笑う。
（奈々ちゃんは産休中だけど、ウサギとお茶、後リュウとデートで病児保育室にいた。）
「押し切られましたね。
ご結婚おめでとうございます。」と言ってまた、笑った。
僕は憮然とした顔で、
「ありがとう。」とつぶやく。…ウサギのやつ、何を考えているんだろう。
僕はまだ、看護部長や、内科の師長にウサギと結婚したいと思ってるって話してない。
急に結婚したって言ったら、何を言われるかわからない。
僕が難しい顔をしていると、
「ウサギちゃんに任せて大丈夫よ。」と奈々ちゃんが僕の顔を見る。
「ウサギちゃんが自分で結婚するって決めたんでしょう。」と笑って、部屋を出て行った。

翌日、
ウサギは宣言通り夜勤明けに1人で区役所に婚姻届を提出しに行って、
「『おめでとうございます』って言われました。」と僕に報告して頬を染めた。
早業（はやわざ）だ。
その足で駅ビルの中の宝石店でマリッジリングを選び、買ってきていて、
仕事から帰ってきた僕をさらに驚かせる。
僕の左手薬指には金色のマリッジリングが光っている。
「1番シンプルなモノにしました。」と言い、
「しばらく、仕事中も外さないで下さいね。」
とウサギも金色の指輪（右手薬指につけてた僕のピンキーリング。）を左手光らせ微笑む。
僕は頷く。
ウサギ、凄いぞ。
僕の悩みを全く無視した展開だ。

翌日の休日にウサギは看護部長と内科の師長にに1人で報告に行き、
僕の昼休みに院長室に一緒に行って結婚の報告をした。