腹ぺこオオカミはご機嫌ななめ
救急外来に着くと、僕らの姿にみんなの手が止まる。
リュウが
「菅原、子どもの誘拐はよせ」
と眉間にしわを寄せて、面白そうに笑って、
「わかってる。」と僕が仏頂面で答えると、みんなも笑い出した。
「階段から落っこちたのを拾っただけだ。」と言って、椅子に下ろすと、
主任看護師の涼子さんが、どれどれ、と覗き込み、
「随分腫れちゃったねえ。」とウサギに笑いかけた。
ウサギは真っ赤になって、
「スミマセン」となんども謝っている。
僕は間抜けな付き添いのようにウサギの横に座ったまま、
動きたくなくなっている。
疲れたし、ものすごく恥ずかしい。
内科病棟のリーダーが連絡を受けて様子を見に来た。
また、今日子ちゃんだ。
「また、菅原先生なの?」と呆れた声を出す。
それはこっちのセリフだ。
今日子ちゃんは、ウサギに
「このオオカミと2人っきりにならないようにって、言ったでしょ」と言う。
ひどい言われようだ。僕は
「僕は去年の春から奈々ちゃん一筋ですけど…」と言うと、
「ふーん」と疑わしそうな顔をして、
「それってさ、飢えたオオカミってこと?」と、言う。
「今日子ちゃん、僕にケンカ売ってんの?」
と不機嫌になった僕に、リュウが
まあまあ、と間に入った。

今日子ちゃんの後ろにいた、
もうひとり、新人の印をつけた子が顔を覗かせる。
「ミュー、大丈夫?」と心配している。
スラリとスタイルがいい女の子だ。キリッとした、大きな瞳。
ウサギと違って、しっかりしていそうだ。ウサギは
「うん、大丈夫。しおりん、心配かけてごめんね。」
とニッコリして、手をつなぎあう。
初々しい2人組に救急外来の雰囲気が和む。
涼子さんが、パンパンと手を打つ。
「みんな、仕事して。」と集まってきていた、勤務者を追いやる。
リュウがウサギの足の具合を見て、湿布と、固定をした。


涼子さんが僕の顔を見て、
「菅原先生帰らないの?」と言った。そうだった、
「奈々ちゃんの顔見て帰ろうと思ったのに…」と呟くと、
リュウが
「残念だな。ナナコの昼休みは終わったぞ。」とニッコリした。

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