魔王スサノオ降臨
第1章、3つの影
Ⅰ、五百井伊弉冊命(イオイイザナギノミコト)神社
まだまだ畑が目に着く、閑静な住宅地、奈良の斑鳩(イカルガ)。
その中に、ひっそりと今に残る古びた神社がある。
舗装はされているが、農道のような狭い道路から奥へ続く参道。
その幅も極端に狭く、ちょっと見ただけでは、奥に由緒ある神社があるようには思えない。
ある日の深夜、その古びた神社の社殿に向かう3つの影。
人間の様だが、月夜であるのに関わらず、全身が影の様で異常に黒い。
影の向かう古びた神社は、五百井伊弉冊命(イオイイザナギノミコト)神社と呼ばれている。
この後、世界の滅亡に向けての序章となる場所である。
狭い参道を、ゆっくり音もなく、その影は境内に向かって進んでいった。
朽ち果てていく姿を感じさせ、歴史を感じる境内に入った影。
低く小さい声が聞こえる。
社殿はあそこだ、しかしちょっと待て、このまま進めば五百井(イオイ)一族の結界にやられる。
何?
一族を滅ぼしてから、もう500年にもなるんだぞ。
まだ、結界が張られているのか?
そうだ、社殿にだけは、滅亡の寸前に一族の総力を以て結界を張ったのだ。
残念ながら、我々魔族が結界に掛かると蒸発してしまう。
なんと激しい五百井(イオイ)一族の執念じゃ。
で、どうする、結界を破ることができるのか?
普通じゃ、できんさ。
なんと、では、入れないではないか。
普通じゃな、しかし、これがあれば破ることができるのだ。
と、影の1人が取りだしたのは瓢箪型の壺である。
この中には、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が、須佐之男命(スサノオノミコト)に殺された時に流した血が入っている。
この度の命令が下された時に、魔王様から届いたものだ。
結界の六つの頂点に大蛇(オロチ)の血を流すのだ。
しかし、どこにその頂点があるのだ、見えないぞ。
おい、お前、あそこの竹を三尺|(約90センチ)程切ってきてくれ。
よし、この竹に大蛇(オロチ)の血をつけて・・・と。
では、行くぞ、今結界を見せてやる。
そう言って、影の1つが、大蛇(オロチ)の血を付けた竹を、社殿に向けて投げ入れた。
一瞬社殿が光ったと思った後、淡い結界線が地面に現れたのだ。
そして手早く、大蛇(オロチ)の血を結界の頂点に流していく。
最後の頂点に血が流れたその時、五百井(イオイ)一族の断末魔のような声を発して、結界は消滅した。
もう、大丈夫だ、社殿に入るぞ。
しかし、この社殿で、間違いはないのか?
例のものが隠されたのが千年以上前、この地に神社が移転されたのが250年前。
結界が残っていたとはいえ、まだ、あれが隠されたままだとは、到底思えないぞ。
今さら探しても、もう消えているのではないのか?
それより、既に五百井(イオイ)一族が持ち去っているのではないのか?
ふふふ、心配するな。
何故、総力を揚げて、わざわざ社殿ごと結界を張ったと思うんだ。
五百井(イオイ)一族といえども、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の強い呪いがかかった楔(クサビ)には、触れることができなかったのだ。
楔(クサビ)をどうすることもできなかったから、社殿ごと魔族から守ろうとしたのだ。
結局は、無駄な努力だったがな。