ナックルカーブに恋して
投打に奮闘したS大桜川だったが、中でもエース倉木君の注目度は高く、甲子園やスポーツ関連の番組や紙面だけでなく、広くマスコミに取り上げられた。
"甲子園に、魔球王子現る"
"倉木の投球に、プロも注目"
"魔球王子の趣味は、なんと切手収集"
中には、その甘めのマスクからアイドル並に取り上げる雑誌も出てきて、明奈によると、追っかけやパパラッチまで出現し、地元は大騒ぎになっているらしい。
それを、私はどこか遠くの世界の出来事のように傍観していた。
ブルルルル…
スマホがラインの着信を知らせる。
また、渡辺君だろうか。
私は、それを見ることなく、作業を続けた。
読者アンケートの集計だ。
なんとか、今日のバイト時間中に終わらせなくてはならない。
『夢の甲子園出場、おめでとう。
連れてきてくれて、ありがとう。』
私は、甲子園初戦の朝に送ったこのメールを最後に、ずっと倉木君からのメールに返信出来ずにいた。
しばらくしたら、渡辺君からラインで連絡が入るようになった。
どれも「倉木に連絡を」という内容だ。それにも全て、「そのうち」とか「今、忙しくて」とか、曖昧な返事を繰り返していた。
倉木君が連絡をくれた事は、嬉しかった。少なくとも、彼は私との約束を忘れていなかったのだ。
『約束通り、先輩を貰いにいきます。』
そのメールに返す言葉が見つからないのは。
たぶん、夢の舞台で輝いていた彼が、眩しすぎたせいだ。