ナックルカーブに恋して

「高野さーん!」

渡辺君が、父のいる方へ向けて叫んだ。その声が届いたのか、父が振り返る。

渡辺君は、私を指さして父に私が来たことをアピールした。
私は笑って手を振り、それに父は軽く手を上げて応えた。

親子の久々の対面は、素っ気なく終わった。
もうすぐ試合が始まる時間だ。
今は、何を置いても目の前の試合なのだ。


「しかし、すげえな。ホントに来ちまった、甲子園。」

いつの間にか私の左隣の席に来ていた渡辺君が、呟くように言った。

渡辺君は、卒業後も本格的に野球を続けている数少ない一人だ。
私の父と同じ企業に就職し、実業団チームで高校時代同様に全国大会を目指している。
父は引退後も会社を辞めず、チームにもスカウト兼スコアラーで籍を置いているため、日々顔を合わせている仲だ。

「ほんとに、来ちゃったね。」

私も同じように呟いた。
おそらく、お互いにしか聞こえないくらいの小さな声だ。
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