☆Friend&ship☆-季節はずれのモンスーン-
「副船長さんから自己紹介してもらえるとありがたいな」
「分かってる」
静かに言ったワドは全員に向き直った。
「天使科、妖精キースだ。当然出身は天界。歳は十三。身長体重はいらないな。絵を描くのが趣味。本人曰く素人よりはうまいらしい。立ち位置は船医補助だ。それと…」
無意識なのか軽く指が震えている。
「事故で左足を失った」
何でもないことのように言い放ちワドはギュッと右手を握った。
「あんまり早く走れないから、これ乗ってるんだ。へへ、器用でしょ?」
微笑むキースが肩を竦めると、ワドは握っていた手を開き、軽く体を支えながら気遣うように芝生へ座らせた。
「この星はもう出る。次は鉱山で有名な星だ。月光りの水晶が底を尽きかけているからな。ついでに雨森のダイアモンドも手に入る。ここまで揃いも揃ってちょうど手に入るのはここしかない。航路にも外れていないからここに停泊する」
「?航路?まさか願いの叶う場所にいきてぇの…?」
「そうだ。伝説の通りあるのならばそこはこの銀河の中心にあるはずだからな」
淡々とした口調にゆらりと揺らめく事もない台詞。
よく出来た、しかし芝居だとわかるようなその冷たさは触れることを拒む何かがそうさせている。
素面がそれなので仕方がないのだが、始めてワドに会った人間なら怒らせてしまったのではないかと気に病みそうだ。
「僕何かしたかな」
「あれが通常だぜ?早く慣れとけよー」
「さ、星に別れを告げてくれよ。もうでるみたいだからな」
船内放送が、キングのその言葉を裏付けた。
『重力変動により、多少揺れます。甲板には出ないで下さい。繰り返します。甲板には出ないで下さい。三十秒後全ゲートを閉めます。確実に船内に戻って下さい。繰り返します。三十秒後全ゲートが閉じます。船内に戻って下さい』
全ゲートはボトルシップ保管庫に繋がる梯子の上の扉、メインの船室に繋がる前方のゲート、後方のゲート、緊急手術室に繋がる魔方陣のバリアだ。
大気圏から真空に出るため一旦甲板の酸素含む空気をすべて締め出す必要があるのだが、多少なり外は真空状態になってしまう。
生き残ろうとすればできるにはできるが、ほとんどは一瞬で凍死だ。
そうでなくても急上昇時に気圧の関係で破裂するのがオチなので全員が安全な船内へ避難する必要がある。
一つの星を航海するのとは違い真空という完全な死の世界に囲まれて移動を行うので、襲われたとき、真っ先に守るべきは船だ。
壊れてしまえば文字通り宇宙の塵になる。
テルの船はワドによって防御の限りを尽くしてあるので滅多なことでは壊れたり傷つく事はない。
何しろ小さな穴があるだけでその部屋を切り離さなければならないのだ。
だから船内は、ウィルス研究所のような作りになっている。
入って来る真空の世界を切り離すために、危険なウィルスを抹消するかのように中にいる人間ごと切り離す。
そうならないための放送だ。
あの仲間達が乗っていた頃、この船内放送はなかった。
追われてそのまま出航した船。
残されて、殺されたものもいた。
船内に入れなくて、死んだ仲間も多かった。
そして生き残った仲間達も、切り捨てざるを得なかった。
カントリー・スペイン。
奴に追われて。
ワドはこの操船室に来る度に仲間の断末魔を聞いた。
自らたった一人の判断で、まだわずかに息のあった仲間を切り捨てた。
泣いてすがる、船長を振り切って。
死ぬなら一緒だと叫んだ船長を、安全な船内に引きずり込み。
伸ばされた仲間の手を切り裂き…
一生付き纏うんだろうな、と半ば自傷的につぶやいたワドは誰もいないことを確認して泣いた。
助かったはずの命さえ切り捨てた自分を許してくれた、みんな。
俺は、と唇を噛んで大泣きしたいのを堪える。
「許してほしくなかった…」
せめて、責められて、責められ続けていたかった。
この声が聞こえないくらいに。
罵倒して、詰って。
優しい言葉なんていらなかった。
執拗なくらいに苦しめて欲しかったのに。
かけられたのは優しくて、甘美な慰めで。
身を委ねたくなるほど魅力的で、優しかった。
傷を癒してくれると信じた。
だからこそ、振り切ったんだ。
きっと仲間達は、もっと辛かっただろうから。