☆Friend&ship☆-季節はずれのモンスーン-
どこまでも唐突に、ガシャン、という音がした。
ガラスを隔てて左手側にいるシルンがその音で目を覚ます。
「___!」
声はこちらには届かない。
次に乱暴にかぎが開けられ、一人の男がテルたちのいる部屋に入ってきた。
見上げているせいか長身に見える。
体の線は細く、右目には乱暴にガーゼが張り付けられていた。
上から下まで綺麗な看守の服を着ていた。
パリッと乾いて健康そうなその服にはところどころ黒いしみがついている。
それからは、苦い鉄の香りがした。
銀色の髪に薄いライトブルーの酷薄な瞳。
生まれてから一度も光を浴びていないような暗く、真っ白な肌。
ワドのせいで肥えたテルの目は、美しいはずのその姿に感慨を抱けなかった。
「久しいな。4、2、7」
嘲るように紡がれた言葉はどこまでも冷え切って、頭の芯を凍らせるようだ。
テルは上目遣いにその男を見上げる。
年齢は二十歳と数年。
少なくともワドよりは年上だし背も高い。
あ、と言う声が漏れて、テルは声の持ち主のワドを見つめた。
綺麗な赤い瞳は限界を超えて見開かれ、異様に早い鼓動に合わせて揺れていた。
両手の鎖も絶えずシャラシャラと下手な鈴のように揺れている。
猿轡の奥の口が乾ききると、ワドは断末魔の如きくぐもった悲鳴を上げた。
「っ…おい、ワド…!」
紅い、赤い瞳からは次から次へ大粒の涙があふれ出す。
どんな時も泣かないワドの“二回目”の涙。
喉の奥で苦し気に嗚咽するワドは激しく首を振り、ガシャンガシャンと強く鎖を打ち鳴らした。
しばらくして全身を使って恐怖に打ちのめされていくワドは開いていた瞼をギュッと閉じ、観念したかのように頬を濡らす。
男のくせ異様に長い睫毛はしっとりと濡れて湿った。
「さすが時を止めるこの銀河にいただけのことはあるな…最後にあった時から髪さえ伸びていない。あ、いや切ったのか?一ミクロもずれないその正確な手腕で」
男が口を開くたびワドはビクリと震える。
ただただしくしくと泣いているワドはテルが見た中ではたったの1回だ。
そしてこれが二回目。
「だれだよ、お前」
声をかけて初めてくるりと男がこちらを向いた。
「ブラック=ブロー。アイスと呼ばれてる」
その言葉は勝手に脳内変換された。
黒と血液。
“黒い血”。
そして、氷。
自己紹介はどこまでも簡単で、具体的だった。
趣味も好きな食べ物もなにもない、簡潔な、自己紹介。
テルもほとんど同じイントネーションで返した。
「クラウン。テルって呼ばれてる」
その名を聞いても、アイスは何も返さなかった。
「427の主人はお前か?」
「そうだけど。427って誰?」
「お前の問いが答えだ」
シルンには聞こえない。
その無機質な“番号”は、ワドに、いや“DOOL”になる前の“ホセ”の最初の偽名。
「そして付け足すとすれば、俺の愛すべき囚人だ」
“俺の”囚人。
テルにさえ簡略化されて提示されたワドの“地獄”が垣間見える。
こんな時なのにまた一つワドが知れた気がして。
テルは微笑んだ。