マウンドの君
「拓哉、もう日も暮れたし
帰ろうか。おまえ、
塾じゃなかったのか??」




拓哉は俯いて頷く。



グローブを抱きしめ、呟いた。



「兄さん、このグローブ、
僕にくれないかな。」



自信がなくて
かよわいその声は
まるで蟻地獄でもがく
哀れな蟻の
叫び声のようで…。




俺は涙腺がジーンとする
感覚を初めて覚えた。





「おぅ。
あ、俺な、それ
ショートで使ってたんだけど
なかなか上手くとれなくて
最初は苦戦したんだ――」



俺は帰り道
絶え間無く話し続けた。
それはきっと、
拓哉に
野球が面白いってことを、
拓哉に
野球が頭脳戦でもあることを、
拓哉に
野球は楽しいってことを
知ってほしかった。





そして、
拓哉には
野球をやってほしかった。
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