美しいだけの恋じゃない
悪夢の一夜
数メートル先さえ見通せないほどの濃霧の中を、私は一人、さ迷っていた。
辺りに漂う生暖かい蒸気はまるで私の行く手を遮るかのように、振り払っても振り払っても全身にじっとりとまとわりついて来る。
それでも、理不尽な力に抗いながら、その先にある物が何かも分からぬままに、ただひたすら、前へ前へと進んでいた私だったけれど。
一瞬、体への圧迫感が消え、不快な環境から解放されたと思ったのも束の間、間髪入れずに体の中心部分に熱い衝撃が走った。
「いっ…!」
今までの人生で経験した事のない耐え難い苦痛に、私は思わず悲鳴を上げる。
「い、いやっ。やめてっ…」
訳がわからず、大混乱に陥りつつ、無我夢中で手足を動かし、障壁を取り除こうとした私の頭上から、低音だけれど良く通る、男性の声が降り注いで来た。
「ごめん…。ちょっと、それは無理…」
聞き覚えがあり過ぎるその声に私は愕然とし、同時にそれまで朧気だった意識が一気に覚醒した。