美しいだけの恋じゃない
無事に踊り場まで辿り着き、思わずホッとため息を漏らしながら、更にその上へと移動するべく段を昇り始めたその時。


「…で、本題は何なんですか?」


頭上から、男性の声が響いて来た。


今まさに私が向かおうとしていた上階の踊り場付近から。


「まさかそんな世間話をする為に、外出から戻って来たばかりの俺を、ここまで連れて来た訳ではないですよね?」

「そんな慌てなくても良いじゃなーい。あなたの休憩は今から1時間なんでしょ?」


次いで女性の声も。


発言者二人の正体はすぐに察知できた。


否応なしに毎日耳に入って来る、私にとっての要注意人物ツートップの声だったから。


つまり憎き門倉保と、今やすっかり天敵となってしまった師岡礼子さんだ。


といっても、月曜日のあのトラブル以降、彼女に積極的に何かをされた訳ではないのだけれど。


せいぜいふとした瞬間に今まで以上にキツい眼差しで睨まれたり、挨拶をしても完璧に無視されるようになったくらいで、彼女らしくない消極的な攻めに、少し拍子抜けしている。


てっきり山本さんと金子さんも巻き込んで、嫌味の一つや二つや三つや四つ、言われると思っていたから。


もちろん、まだまだ油断はできないけれど。


「ここで5分や10分、私の話に付き合ってくれたって良いじゃない」
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