美しいだけの恋じゃない
それだけ私の頭の中に、あの男との過去一年間の記憶がきちんと整理整頓され、大切に保管されていたという事だろうか。


だから脳がクオリティーの高いVTRを再現できたのだろうか。


そう考えてしまい、この上なく胸がムカついた。


その思考を追い払うべく、きつく目を閉じ、ブンブンと頭を左右に振ったあと、掛け布団の上に乗せておいた毛糸のカーディガンを羽織り、ベッドから抜け出して床の上に降り立つ。


今日も新しい1日が始まったんだから。


過去の思い出に囚われて、出勤前の貴重な時間をいつまでも無駄遣いしている訳にはいかない。


そう自分自身に言い聞かせ、テーブルの上のリモコンを手に取り暖房の電源を入れてから洗面所へと向かった。


世界で一番愛している人達の為に、世界で一番憎むべき男への負のエネルギーを活力源に日々過ごしているうちに、あの事件から早1ヶ月経過していた。


年度末に向かって社内は徐々に慌ただしくなって来ている。


そんな中、4月1付けで異動する方には内示が出たようだ。


その字のごとく内々での話の筈なのに、「何課の誰々さんがどこどこに異動」という情報は瞬く間に社員に拡散され、末端の私にまで伝わって来ていた。


それによると営業一課にも出て行く人、入って来る人がいるようだ。


しかし予想していた通り、門倉保はそのメンバーの中には含まれていなかった。
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