神井くん 初めてのチュウ

「俺、明日はそっちを見ながら演技しなきゃいけないのに。全然、出来る気がしない。」
「そんなこと私に言われても。。」
「君はよく平気だな。」
嫌みを言ってしまう。完全な八つ当たりだ。

「私だって嫌だよ。君を目の前にして、他の人とイチャイチャするなんて。でもしょうがないじゃん。できるなら、今からでも他の人、探して欲しいよ。」
「それは、無理だよな。っていうか、変だよな。。」
「それくらい我慢しろって言われそう。。」
「俺が演出だったら言うな。」
「なんだよ。それ。」
自己中なやつだと思ってるんだろうな。そうだよ。俺は自己中だよ。
「あぁ。役者全員舞台にあげてやろうとか思うんじゃなかった。くそっ」
空に向かって吐いた息が白く煙った。

そのとき気付いた。っていうか、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ。脚本を書いたのは俺じゃないか。書き直すのなんか簡単だ。いや、簡単ではないけど、上手く回せば役者の1人くらい減らせないわけないではないか。

「どうしたの?」
少し前を歩いていた彼女が、立ち止まった俺に気付いて戻って来た。
「ん。。。これ持って。傘は、俺が持つ。」
 彼女の傘を取り上げて、代わりに俺の鞄を持たせた。結構重たいだろうけど持てない程ではないはずだ。二つの鞄を両手に持った彼女は、荷物を運ばされる奴隷のようにヨロヨロした。これで彼女は逃げられない。俺は傘をさしかけながらよろける彼女を抱き寄せた。

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