鬼社長のお気に入り!?
「口でわからないならこうするしかないだろ」


「こうするって……っ」


 互いの唇が触れるか触れないかの距離で八神さんが私に囁く。そして私の言葉も聞かずに再びくちづけを繰り返した。


 八神さんとの口づけに陶酔しかかったその時、唇の拘束が解かれた。こんなところで恥ずかしくてやめてほしいのに身体が勝手にそのぬくもりの残滓を追いかけてしまう。


「この辺で止めとかないと、俺も男だからな」


 そう言いながら八神さんは私の唇の周りを親指でさっと拭った。


「八神さん、もう、ひとりで苦しむのはやめましょう」


「え……?」


「ちょっと屈んでくれますか?」


 八神さんが怪訝な顔で少し腰を曲げて屈むと、私はそっと両手で八神さんの顔を包み込むようにあてがった。


「こうすると安心しませんか? 落ち着くっていうか」


「あ、あぁ……そうだな」


 八神さんの肌はきめ細かくて、触れているだけでも気持ちが良かった。


「そういえば、俺もこうやってまだガキだった弟や妹を慰めたことがあったな……」


「ってことは八神さんはまだガキですね」


「な……」


 今は子供だましのような慰め方しかできないけど、少しでも八神さんが落ち着きを取り戻してくれるならそれでいい。自然と笑顔がこぼれると、八神さんもやんわりと私に微笑んだ。
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