あの空を自由に飛べたなら
「優菜、碧の好きな人、誰だか知らない?」
ある日の夜。
私の部屋を訪ねてきた信吾が放った言葉。
「へ?」
「いや、今日さ、同じクラスの奴が碧に告白したんだよ。そしたら"好きな人がいるから"ってフラれたらしいんだわ」
「へぇ…」
さすが碧ちゃん。
やっぱり完璧な人はモテるんだね。
かくいう私は、だんだんと学校に慣れていっていた。
ヒソヒソ話もされなくなった程だ。
未だに友達は碧ちゃんだけだけれど。
「何か知らない?」
信吾の確認の声で正気に戻る。
「えっ…とぉ…」
これは言っちゃうのはだめだよね…。どうやって誤魔化そう…。
と迷っていると。
「知ってるんだね?誰?」
と断言してくる信吾。
「え!?私何も言ってないよね!?」
それに驚いていると、「何年双子やってると思ってんの」と呆れた声が返ってきた。
「で?なんで優菜はまだ2年だっていうのに高校のパンフレットなんてもらってきてんの?」
そう。
私は高校のパンフレットを見ていたのだ。
遥先輩は嘘をつかない。
だから、受験する高校を決めようと思ってもらってきたのだった。
「えっと…ね?遥先輩が…私が受けるとこ受けるから…早く高校決めてって…」
消え入りそうな声でそう言うと、信吾が「何そのカップルみたいな約束…」と呟いた。
「カップルなわけないよ。遥先輩は、空を一緒に撮影できる私を特別可愛がってくれているだけで…」
「でも優菜が中田先輩を好きなことは事実だ」
はっきりとそう言われて、「うん…」と返す。
「案外、中田先輩も優菜のことが好きなんじゃない?」
そう言われて頬が熱くなる。
「それはないよ…」
「で、碧の好きな人は?」
元の質問に返り、言葉に詰まる。
私も、嘘は得意ではない。
隠し事も、できた試しがない。
そんな私に、碧ちゃんは好きな人を明かしてくれたのだ。
秘密は守らなきゃ!
「す、好きな人がいるのは本当…。だけど誰かは言えない…。信吾、自分で碧ちゃんに聞いたら?」
そう言うと、表情を歪める信吾。
「いや…んー…実は俺、碧のこと好きだから…聞く勇気ない」
「え…」
信吾からの爆弾発言に、思わず『碧ちゃんの好きな人も信吾だよ!』と言ってしまいそうになる。
けれど、これはふたりでどうにかしなきゃいけない問題だから、と、思いとどまった。
「そ、そうなんだ…。いつから?」
「ん?…碧がよく遊びに来るようになってからかな。碧が人気者だとか、友達だったけど興味なかったし、そもそも軽く話す程度だったからさ。優菜の友達としてよく知るようになって、あ、好きだわって」
信吾の顔は真面目だった。
「へぇ…。伝わるといいね」
「碧の好きな奴知ってるくせに何言ってんだよ」
そう言って少し笑った信吾は、辛そうだった。
やっぱり、恋って…片想いって苦しいものなんだね…。
例え両想いでも、その事実を知るまでは辛い。
私も、できることなら遥先輩の彼女になりたい。
そう思いつつ、一番気になっている高校のパンフレットを眺める。
そのパンフレットに映る空が、私を呼んでいるような気がした。
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