あの空を自由に飛べたなら




《ピンポーン》

玄関の呼び鈴が鳴る。

夕方のこの時間に鳴る呼び鈴なんて、碧ちゃん以外にいない。

それくらい頻繁に、碧ちゃんは遊びにきてくれていた。

嬉々として玄関を開けると、当然のように制服を着た碧ちゃんが右手を振って立っていた。

「碧ちゃん!学校お疲れさま!」

「うん。ありがとう」

碧ちゃんの言葉を聞いて家に上げる。

碧ちゃんは、私の心の支えになってくれていた。

「それにしても…優菜、明るくなったね」

「え?」

「公園で再会したとき、モジモジしてて、言葉も拙くて…完全"コミュ障"ですって感じだったけど、今じゃ言葉もつらつら出てきて、言いたいこと素直に言えるようになった。笑顔も増えたしね」

そう言ってウィンクをする碧ちゃんは、誰がどう見ても"美少女"だった。

「ありがとう…。でも、そうなれたのは碧ちゃんのおかげだよ?私…まだ学校行けてないし、ただの空好き…写真好き?の引きこもりだし…。社会不適合者だもん…」

言いながら、改めて自分は駄目な人間だと自覚する。

いくら碧ちゃんという良き友人ができたとして、結局は私は、型にはまれないピースでしかないのだと。

俯いてしまった私の両肩に、碧ちゃんの両手がポンと乗る。

驚いて碧ちゃんを見つめ返すが、涙が溢れていた私には、碧ちゃんの表情は霞んでしまってはっきりとは見えなかった。

「優菜、自分を卑下しちゃだめだよ。誰が社会不適合者なの?優菜は学校に行きたいって思ってるじゃない。努力してるじゃない。私はそのことをよくわかってるわ。今はまだ、優菜の思いと行動が一緒にならないだけだよ。いつかまた、一緒に学校行ける日がくるよ。だから、自分を責めないで。お願い」

碧ちゃんの声が、震えていた。

泣いていることがわかった。

私なんかのために、碧ちゃんが泣いている。

それは、とてもありがたいこと。

私が自分を責めることで碧ちゃんを泣かせてしまうなら、そんな行為はもうやめよう。

私は、笑顔の碧ちゃんが大好きなのだから。

「ごめんね、碧ちゃん…」

そう言いながら涙を拭う。

はっきりと見えた視線の先に、涙を流している碧ちゃんが見えた。

碧ちゃんを安心させようと、緩く微笑むと、碧ちゃんはくしゃくしゃの顔をもっと歪めて抱きついてきた。

「私は優菜のことが好きだよ。だから…それが優菜本人であっても、否定されるのは嫌なの」

碧ちゃんを抱きしめ返す。

「うん。ごめんね。…ごめん」

「あのさ…何があったのか知らないけど…そういうことは優菜の部屋でやってよ…。心臓に悪いんだけど…」

碧ちゃんの言葉に再び涙を流しかけていたとき、背後から聞こえてきた声。

それはもちろん信吾のもので。

「ご、ごめん、信吾…」

言って信吾を見上げると、心配そうな表情で、「何があったの?」と聞いてきた。

それに対して、碧ちゃんが「女同士の秘密」と答えてニヤリと笑う。

それを受けて、私はクスクス笑うしかなかった。

「まぁ、ふたりが悪い意味で泣いてるわけじゃないってことだけはわかったよ。俺、部屋行くね」

そう言い残して自室に向かう信吾を、碧ちゃんとふたりで見送った。

視線を合わせて、笑いあった。



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