大野さん 初めてのチュウ
演劇部で
「もっと、わざとらしくていいから、ラブラブでお願いします。」
演出からダメ出しされた。歩きながら、ラブラブって難しいよ。腰に手を回されると、思わず顔が引きつってしまう。台詞もない、恋人同士っぽく歩くだけの演技が、こんなに難しいなんて。。。
念願の主演を勝ち取った美波さんが、怪我をしたのは先週末のことだ。クリスマス公演の為に神井くんの書いた脚本は、役者総出演のラブコメディで、歌あり、笑いありで、そして美波さんの得意なダンスを群舞で取りいれた楽しくて賑やかな脚本で、素敵な舞台になるはずだった。美波さんの怪我は結構な重症で、クリスマス公演での復帰は絶望的だった。気の毒に。すごく悔しい思いをしているだろう。
急遽役者をスライドさせ、友人役を主演に、端役の一年生を友人役へ配置換えさせた。そして、足りなくなった端役に裏方唯一の女子である私が駆り出される事になってしまった。
私は山田くんと2人で通りすがりのカップルを演じる。台詞も無いし、少し歩いてキスするフリをして、あとは踊るだけだと聞いていたのに、実際にやってみると、少し歩くだけの演技がとんでもなく難しかった。お手本を見せてもらったり、いろいろ言われたけど、どれも上手く出来ない。さっきから何度もやり直しさせられている。
神井くんと原くんがベンチに腰をかけたのを合図に、山田くんは私の腰を抱いて歩き始める。神井くんのすぐ後ろまで歩いたら山田くんが私を抱き寄せて立ち止まる。山田くんの顔が近づいて来る。このまま目を閉じてじっとしていれば、山田くんが上手くやってくれる筈だったのに、思わず彼の顔を手で押し戻してしまった。
「カット」
「大野さん、本当にしたりしないから。大丈夫だよ。じっとしてるだけで良いから。」
それは分かってるんだけど。。
「すみません。こっちは演技なんですが、本気で拒否られると、結構、傷つくんですけど。」
「ご、ごめんなさい。なんか、ごめんなさい。」
そうだ。しっかりやらないと。山田くんにも失礼だ。
神井くんは黙ってずっと運動部の方をみているけど、すごく怒っているような気がして、ますます焦ってしまう。一所懸命やってるつもりなのに、やればやるほど混乱して、ちっとも上手くできない。
「ほら、本当の彼氏だと思って、甘えてみて。」
「そんなこと言われても、全然違うし。」
思わず、本音を漏らすと、周りにいた全員が一斉にこちらをみた。やばい。