大野さん 初めてのチュウ
「多恵。」
 名を呼ばれて顔をあげると、少し頬を紅くした彼が優しく笑った。真剣な眼差しが眩しすぎて、恥ずかしくなってまた俯いた。
「目を閉じて。」
 彼が言ったので私は素直に目を閉じた。ああ、このままずっと抱かれていたい。優しく頬に触れていて欲しい。心地よさに恍惚としていると、しばらくして「うーっ」と彼の唸り声がした。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない。そのまま、ちょっと、、、その、待ってて。」
「大丈夫?」
「大丈夫だから、もう一回。目瞑って待ってて。」
「??はい。」
『うーっ』ってなんだろう?なんだかよくわからないけど、もう一度目を閉じる。私、また変な事したかな。考えながらじっとしていると、神井くんはまた私の頬をなでて、髪に触れてくれた。気持ちいい。

『目を閉じて。』以前にも一度言われた事がある。相手は鈴木先輩だった。素直に閉じたら、「キスしてもいいか?」って聞かれた。神井くんも同じ事を言うのかな。私は、なんて答えよう。部室で抱き締められたとき、神井くんは「急がないよ。」と言ってくれた。嫌なら全力で逃げろって先輩は言ったけど、でも、今なら私はきっと頷いてしまう。だって、ちっとも嫌じゃないんだもの。怖くないんだもの。きっと自然に「いいよ。」って答えられる。とても不思議。

 考えていたら、顔に何かぶつかって、彼の吐息が頬にかかったと思ったら、唇が柔らかいものに触れた。あれ?
 私がびっくりして目を開けると、彼は既に下を向いてて、私の手から鞄を受け取った。私に開いた傘を渡し、自分も傘を広げて、何もなかったかように、歩き出した。あれ、もしかして、今のは彼の唇?私達、今、キスしたの?うそ!

 初めての口づけだったのに、何が何だかわからないまま、終わってしまった。だって目を閉じていたから。なんでひと言、先に言ってくれないの?それとも、解ってなかった私が間抜けなの?そうなの?
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