柴犬主任の可愛い人
「安心してください。ひとまず、僕のことは通りすがりの行き掛かりだと言ってあります」
なんだその行き当たりばったりな人物紹介っ。絶対に怪しまれてると思う。
「あ、それとお友達が、青葉さんのご両親に連絡をしておくと言っていました。ご自身も、あとから来るそうです」
「はあっ!? っ、痛っ」
「大丈夫ですかっ。ほら急に動くから――といっても、今日から動いてくださいとのことですよ。癒着しないように」
介護だ……私は今羞恥に絶え、上司に介護を受けている。額に浮かんだ汗をタオルで抑えてもらい、看護師さんに、もう水を飲ませてもいいか訊きにいこうとしている。その手には、さっき売店で買ったらしい吸い飲みを持って。とりあえず吸い飲みは絶対に嫌だっ!!
「……柴主任。汐里の電話に出たのは何時ですか?」
残念ながら、寝たままじゃ届かない範囲のところにスマホは置かれてしまい、自ら確認は出来ない。
「そうですね。お昼過ぎ、でしょうか。手術は滞りなく終わりましたし、よく眠っていると伝えたら、面会時間までには行くと」
「そうですか」
「ご両親の詳細はわかりませんが、またお友達にでも聞くか。連絡を待つので構いませんか?」
「構いません。むしろ親は来なくていいです。今は忙しいはずだし」
「そんなことを……心配で飛んでくるかも」
「恐ろしいっ」
加えて、うちの親と柴主任を鉢合わせたくないから来てほしくない。
うちの親は人の話を聞かない、楽しいこと大好きな人たちだから、絶対に引かれる……まあその娘も息子も似たようなものたけど……学校の先生でも嫌だったのに、職場の上司にっ、何故親を見られなければいけないっ!?
喋って覚醒してきた脳みそは、ベッドの上で神様に願うことをしきりに勧める。最善は、これ以上ご迷惑をおかけするのはなんなので柴主任にはもう帰っていただき、そのあとに汐里が来てくれて、そして親は盲腸くらいじゃ娘を訪ねてこない、という筋書きを。
……それが全て儚いことだと、嘆く間もなく散るのは、あと何時間かあとのこと……。