柴犬主任の可愛い人
――……
「高速かっ飛ばして来たぜいっ!」
「お兄ちゃんっ!? っ、痛い!!」
「あら、青葉ったら本当に病人ねえ」
「さすがに弱々しく見えるじゃないか」
それは目覚めから二時間後のこと。柵とリクライニング機能を駆使しながら、やっとのことで上半身を起き上がらせベッドから降りようとしたときだった。
「あらあら、こちら青葉の彼氏さんかしら? 良かった。もうずっと傷付いた心を守りながらの独り身だと思ってたから、お母さん嬉しいわ~」
「奇特なお方だな、母さん」
「ええ本当に。良かったわね、青葉。お父さんから一発オッケーもらったわよ、彼氏さん」
さっきから、口を挟む隙もないくらいの弾丸トークは、紛れもなく私の家族のものだ……。
ってか、なんでお兄ちゃんもいるのっ。お義姉さんは? 家族サービスとかっ!!
「……なんで皆揃って来てんの。田植えとか仕事とか……ただの盲腸だって汐里から聞いたんでしょ……」
私の家族が来たと同時に椅子から立ち上がった柴主任は、直立不動のまま動かない。動じない人でも、さすがにあれは一人じゃ太刀打ち出来ないよね。……てか、なんで帰ってくれなかったか。入院のお世話などしたことないと、テンション高く暇を持て余しては帰ってくれなかった。
「田植えは今年から委託にしたのよ。ほら、お父さんもお母さんも歳で辛いし、お兄ちゃんは仕事で手伝えないじゃない」
「そのお兄ちゃん、仕事は?」
「妹が大変だから明日まで休むことにした」
ふんぞり返るなこのやろうっ。実家は兼業農家で、今の時期は田植えの準備だか本番だかなはず。委託は解る。兄は大型農機具販売店の社員だから、今の時期メンテナンスに追われ実家を手伝えてないから解る。
遠方で独り暮らしをする娘、妹を心配して高速かっ飛ばしてきた。聞こえはとてもいい。
けどっ!!
それが、こう揃いも揃ってわくわくした顔でやって来るなど……目的は見舞じゃないことは、この一家じゃ明白だった。