柴犬主任の可愛い人
 
 
「明後日までこっちにいるから、青葉んとこのアパート泊まらせてね。必要なものあったら持ってこなきゃいけないし」


「観光ガイド片手に持ってるけど?」


付箋とか、何枚か貼ってあるけど? ……色別で何枚もあるそれは、母の通例、買い物と観光と食事に別れているはずだ。


だって青葉は彼氏さんが居てくればいいでしょ。箪笥の中のものを持ってこさせるのは忍びないだろうから、そこは母親が。……なんて、なんと気遣いある言葉に聞こえるそれは、ただの言い訳だ。


私が就職してから、まだこっちに遊びに来たことのなかった両親たちは、見舞い一割、遊びに九割で来たに違いない。盲腸だしねっ!


「おれは母さんたちとは別行動な。――ああ。青葉の彼氏ちょっと借りてくかも」


「っ!! おに……っ」


「ちょっと先生と看護師さんに御挨拶してくるわね。――ごゆっくり」




……なんか病室が散らかったような感覚で。嵐みたいな三人が部屋を出ていくと、残った二人から大きな息が吐かれる。


「パワフルなご家族ですね。さすがです」


「……、すみません。色々と誤解をしてしまっているようで。すぐ解きますから」


「すぐに名乗らなかった僕が悪いですから。それにしてもお兄さんまでなんて、優しいですね。以前言っていた強烈なお兄さんですか?」


もしそうならば言い過ぎではないか。なんて笑う柴主任は仏みたいだ。


けれどもこのあと、その兄によって迷惑をかけられるであろう柴主任には、たとえ恥だろうと真実を伝えておこう。あの言葉には、きっとそれが含まれているはずだ。


兄は、歩く卑猥物みたいなやつだ。三次元二次元問わずエロを好み、そういったものをコレクションするのに余念のないやつだから、わざわざ同年代同世代の柴主任に目をつけたのはそういう店を案内させるため……


「……だから、決して兄には付き合わないで下さい」


きっとそうだ。お義姉さんとこの前電話で話した際、子どもの教育に悪いから捨ててやったわと言ってたから再収集するはずっ。


私の話の途中から吹き出し始めた柴主任は、終わる頃には息も絶え絶え爆笑していた。


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