柴犬主任の可愛い人
奥ゆかしいとは程遠いけど、決して誰彼構わずな人間じゃないと、自分では思っている。
あんなに優しくて受け止めてくれて、一緒にいて楽しいし自然に笑うことのほうが多い人に、惹かれていかないなんてことは、邪道だ。惹かれたからこそのそれだった。ころりといかない人間がいるのかと思うほど、私はもう、柴主任のことが好きになってた。
すぐ怠けるし、どうでもいいことは適当に流すし嘘も涼しげに吐く。意外に我が儘で強引だったりもする。距離感近いことに戸惑うし困るけど――本気で腹など立ったことがないのは、もう相当、形容するのも恥ずかしいけどメロメロなんだろう。
だから倒れる前、柴主任に助けを求めてしまったんだろう。盲腸だから大袈裟極まりないのは承知だけど、今際の際、会えるものなら柴主任、あなたがいいですと願ったんだ。
けど……、
柴主任の匂いにも執着するなんてっ。そんなフェチ持ちだったなんて。新たな扉を開いてレベルアップまでも。
なんだろう。全てツボ、という表現が近い柴主任への恋愛感情は、自覚までに時間がかかりすぎて、今やもう、どツボにはまっているという。なんて泥沼だ。
たとえ何をされても、想像の中の私は、柴主任に愛想をつかすなんてことはなく。
いったいどうしてくれようか……。
「昨日電話でさ――」
汐里はまだ呆れていらっしゃる。
「――通りすがりの行き掛かりって言うくせに、救急車一緒に乗ってるわ手術まで付き添ってるわ……そんなの通りすがりじゃねえよ! って、ひとりつっこみしてたら、電話相手と上司が同じ声だしさ……馬鹿なんじゃないのっ。なんでどうでもいい嘘ばっかつくんだか……」
「えっ……と……その場のノリかな?」
てへへと舌を出したら、癇に障ったのか閻魔様の如く私の短い舌を引っ張られてしまった。
「てか、本当に付き合ってないの?」
「うん」
「告白しないの? そんな世話の焼きかた、もう向こうも好きなんじゃないのかな……」
ピンクのスリッパの送り主のことも話してみれば、汐里は、私の煮えきらない態度に首を傾げる。