柴犬主任の可愛い人
「……そんなことは、絶対にない。告白なんか、するつもりない」
「既婚者……とか? 婚約者、彼女持ち……同性が好き、とか……」
思い当たる節を並べていっても、それは、当たるものじゃないだろう。首を振って否定した。
一番正解に近い、汐里が出せるものはきっとこれで。
「いったいどんな訳あり上司なわけ?」
私は、そしてようやく口を開く。
「訳ありじゃないけど、……理由は、ある」
だからといって伝えちゃいけないことはないのかもしれない。あなたのことを好きになってしまいましたって、一言だけ。
「私がそれを言っちゃったら、傷つくかもしれない」
お互いにある信頼が、私の一言により揺らぐかもしれない。お互いに掛けている情がすれ違っていたら、がっかりされるかもしれない。それに……
「……柴主任は、もう絶対に、社内で人を好きになるつもりはないから」
だから、ない。
そうしてフラれてしまえばいいものを、私がそれを拒んでいるだけなんだけど。
「笑って話すんだよ。昔のそうなる原因のことを。けど、辛くなかったことなんてないんだよ。私じゃ取り払えない強靭な壁が、あって、私じゃそれを、どうにでも、出来なかったから、今、こう……なってる」
それでも好きで、想うだけなら自由だろうなんて、勝手なものだ。胸を張ってなんていられない。背中を丸めて丸めて、過保護に抱え込んだ胸の中でだけ想うことを、どうか赦されたい。
「……馬鹿青葉。弱虫。泣くな」
ベッドで背を起こす私の横、柵を乗り越えんばかりの勢いで抱きしめてくる汐里には、傷口が痛むんですけどなんて言えない。抱きしめていてほしいから言わない。泣いてる顔なんて、今は見ないで。
「ごめん……」
「謝るな馬鹿」
「それでも、どうしても……まだ、好きでいたいの。近くにいたい……せめて、柴主任が誰かをもう一度好きになれて、幸せになるまでは……」
どうか……。
これは秘密で抱えるだけの想い。
いつか、その薄く張った膜を凌駕した何かが起こったら、私は今よりきっと、ずいぶん泣いてしまうんだろう。
けど、それでも、私は、柴主任のことが好きで好きでたまらないんだ。
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