柴犬主任の可愛い人
兄とのことを私から質問攻めされた柴主任は、職場スマイルでそれを躱し続けては答えてくれない。
私がどれだけ、成人男性なんだから多少のそういう類いの興味があってもおかしくはないし、寧ろ正常。何をしていても引かないから大丈夫、兄嫁からも浪費はいけないから真相を知りたいと頼まれてると言っても、笑顔の鉄壁は崩れなかった。
こうなりゃ土下座かっ。道端でも抵抗なく出来るぞ、ましてや伊呂波の床なんて容易いものだと席を立ち、片手片膝を床につけようとしたとき、ちょっと焦った柴主任は、とってつけたように話題の方向転換を試みたのだった。
「恋人が住んでいるマンション――そこが過去の婚約者との生活を想定して買ったもの――に、例えば一緒に住んでいくことは、女性からしたら嫌ですか?」
「……は?」
「支倉はどう?」
きょとん顔のあと、無視して仕事に戻ろうとする華さんを柴主任は引き留めた。今日はもう他にお客はいないことだし、女将なら常連の会話に付き合うくらいはしないとと説教して。
「そこに一時期でも暮らしてたら、そりゃあ最初は思うところもあるでしょうよ。この家具は二人で選んだものかなとか、……とりあえずベッドは替えてほしいわね」
柴くんとこレベルなら特に抵抗はないんじゃないかしら、と華さんは柴主任の部屋を思い浮かべているのか視線を宙にさ迷わせた。
あの、現在柴主任がお住まいのマンションは、やはりそういう目的で購入したものらしい。けど選んだのは柴主任の思うようにしてくれたらと言われた結果のあそこ。もうその頃には裏切られていたのかもしれない。家具は、ベッド以外は買い揃える前に例の事件があったから独身時代のときのまま。……独身時代って、今も昔もそうだから語弊があるか……まあいっか。ニュアンスニュアンス。
ベッド。一度、不本意ながらもお借りしてしまったそれは、とんでもなく寝心地が良かった。……あれ? ということは、私が初めて本人以外であのベッドに寝た人物?
そうかもしれないと胸熱になり、違うかもしれないと狼狽え、……けど、誰と使う目的での購入かを思い出して、鳩尾にグーパンチかまされた気分になった。