柴犬主任の可愛い人
休日のこの時間なのに、席はほとんど埋まっているそのカフェは、そういやタウン誌に載っていたような気がする。エッグベネディクトが美味しいと書いてあったから、未体験だった私は家朝食をそれに変更した。卵とトマトは夜に食べよ。
朝は食べてきたという華さんも、有名らしい牧場のバターがたっぷり塗られたトーストと、大きなサイズのカフェオレを注文して、先に席で待っていた私の正面に座る。
華さんのトーストはパンが厚切りで、かりかりとふわふわを思う存分堪能出来るようになっていて、ただのトーストなのになんて魅力的なんだろう。カフェオレも専用のボウルに注がれていて、それだけで優雅に思える。
私のエッグベネディクトは、ナイフを入れるとマフィンやお皿に流れ出す半熟卵の黄身が輝いている。ソースを絡めて食べてみれば、さすがアメリカの食べ物、朝から濃厚なお味。ソースにも卵を使っていると華さんが教えてくれて、カロリーをスマホ検索するのはやめておこうと誓う。
「そんなの食べてるってことは、ダイエットは終わったのかしら?」
「ぐ……っ」
「なら、あとは忙しいのが過ぎれば、またお店に来てくれるのかしら」
華さんはテーブルに両肘をつき、組んだ指の上にそのシャープな顎を乗せて、ゆっくりと首を傾げて問いをぶっ込んできた。その表情はとんでもなく笑顔だ。
「あっ……それは、その……」
「柴くんが言うには、最近仕事は落ち着いてるって。何か習い事でも始めた? 禁止されてる副業? それとも、彼氏が出来て忙しい?」
「そんなことっ!!」
「そんなこと? ――ごめんなさいね。今日は青葉ちゃんのこと逃がしたくない気分なの」
あるんです、と言ってしまえば逃れられたかもしれない。けど、華さんのその笑顔は、柴主任を怒るときによく見る光景のときのそれに似ていて、どうやら嘘をつくのは禁じられたみたいだった。
なので……、
「そんなこと……ないです」
その、最近伊呂波から遠ざかっている理由について、そんなことあるのですなんて、言ってしまえるはずなかった。
「いきなり来なくなるんですもの。柴くんも、心配していたわ。――知ってる?」
そんな姿は、きっと華さんの思い込みだ。