柴犬主任の可愛い人
だって、きっと、そんなことはない。
いやでも、呑み仲間を、という意味合いでなら、そうなのか。
どちらにしろ、当分伊呂波には行けないと伝えたあとの柴主任は、私の前ではごくごく普通で変わったところなんてなく。
「知らない、です」
そんな姿、私は知らない。
柴主任がお見合いをしたと知った日、マンションを売ったのは、そのお見合い相手のためで、彼女との新たな生活に向けての準備を始めていると悟った同じ日の夜、私は、柴主任から今より距離をとったほうがいいとした。
害悪だ。害悪なのだ所詮。
伊呂波でのはんぶんこ同盟も、締結するのが最良だろうと思って、フェードアウトを試み、当分伊呂波には行けないと嘘をついた。 その場しのぎの理由は、華さんに笑顔で問われた、ダイエット、忙しい、等々。彼氏云々はさすがに言えなかったけど。
「柴くんが、何か悪いことしたのかしら……」
ついさっきの獲物を追い詰める女豹とは違う、そおっと、華さんが優しく訊いてくれるものだから、朝だというのに視界が滲む。駄目だいけない、そんなのは夜、ひとりの部屋のときだけで充分だ。
華さんとは、仲良くなってから伊呂波以外でも会うことが多々あった。真綾ちゃんを混ぜてだったり、二人でランチや買い物にも出掛けた。上司の友人というよりは、もう姉や私の友達みたいに感じてしまっていた。
ぽつりと、漏らす。
「……柴主任、お見合いしたんです」
ここだけの話にしてと、なんて都合のいいことだ……。
「え……っ、お見合い?」
華さんの驚きには申し訳ないけど、私はそれに頷き、冷めた紅茶に口をつけた。緊張で渇いた口内にアールグレイを浸透させる。
「立ち聞きしちゃったんで、柴主任にも秘密でお願いします」
あれから時間は経ったのに、柴主任はまだお二人に話してないみたいだった。ある程度の先が見えてからにしようとしてるのかな。もう心配かけないようにと。
カフェオレボウルを両手で包むも、そこから微動だにしないまま驚いたままの華さんに、私は告白する。