柴犬主任の可愛い人
強引勝手な荒療治としかいえない私の行動を、一先ずはと華さんは渋々許してくれたみたいで。
「あの……この話は……」
「ここだけの、でしょ。亮にだって言わないわ」
「ありがとうございます」
まだ当分は伊呂波に行かないと頑なな私に、華さんは、柴主任がいないときを教えるからいらっしゃいなと勧めてくれた。
「次は、金欠でいこうと思うんですけど」
次の伊呂波に通えない理由を最近は考えていた。ブランドの財布と靴を買ったとかにしようと思ってて、実際に買ってしまったほうが疑われないかと計画していることを華さんに言えば、男なんて馬鹿だから、そんなのしなくて平気よと、主に柴主任を馬鹿にしながら笑う。
「柴くんはね、確かに悪い人間じゃないけど、本当に考えなしだから困るわ。柴くんがしっかりしてないから青葉ちゃんが迷惑被ってるんじゃないの。――うん。暫くは、目一杯寂しがらせときましょう」
「いや。そんな寂しがるようにはならないと思いますけど」
寧ろ、それは私のほうだ。
「どちらでも腹は立つわね」
だから、今度来たときは足を踏んづけてやると意気込む華さんは、きっと、明るい方向に私を引っ張ってくれているんだと思う。そのカフェオレボウルを握ったままの綺麗な指は、力を入れすぎていて血の気がなくなっていた。
きっと、私の想いには気づいてて。
冷めてしまったそれぞれの食事と飲み物を食べ終えた頃、カフェは満席となっていて、入口近くには席が空くのを待っている人たちが何組かいた。
カフェを出ると、少し温くなった牛乳がエコバッグ越しに膝にあたる。
牛乳みたいに、私の想いも、時間が経てばその熱量も変化して、いつしか本当に上司と部下だけのそれになれるはず。そんなの、前回で立証済みだからきっと今度も。
うん。大丈夫。
今度こっそり、牛乳のバーコードを持って伊呂波に行くと約束し、華さんとは私のアパートの前で別れる。
うん。大丈夫。
大丈夫だ。こんなふうに日常を過ごして、私はそのうち、平気になる。
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