柴犬主任の可愛い人
「……柴主任は?」
「注文と清算だけしてくれたらどっか行った」
私がトイレに駆け込んだすぐあと、職場に戻ろうとした広瀬は、何か用があって降りてきた柴主任と会ったのだそう。寒かったですねと労われ、私も帰ってきていてココアが飲みたいと震えていたと余計なことを世間話的に話したら、颯爽とカフェに入っていったらしい。
「柴主任って時々差し入れてくれるよな~。あっ、これは俺らだけだから秘密だってさ」
「了解」
柴主任が買ってくれたと知ってからは何故味が変わったようなココアを、私は両手で握って大切に飲む。軽く揺すって上に乗ったクリームが混ざる頃に飲むのが最高に美味しい、冬には最適な飲み物。このカフェのは味も好みで、普段もよく買ってる。
味わいながらオフィスゾーンへのゲートを通ってエレベーターを待つ。広瀬とどうでもいい話や、お互いにヘルプで行ってしまえばいた店舗の様子を情報交換しながらも、トイレに行ってて良かったと安堵した。
最近、柴主任とは、ちょっとぎくしゃくしている。仕事上は、多分前と変わらない。
伊呂波へ通わなくなってから、いつものお誘いも、私が行かないと告げてからしばらくは控えてくれてたけど、一ヶ月を過ぎる頃には心配をさせるようになってしまった。調子を訊ねられるようにもなってしまい……私はそれに、大丈夫です、問題ない、平気です、金欠等々を返す。
いくら柴主任でも、訝しむようにはなるだろう。それでも怒りもせず、時々、何気ないメッセージを送ってくれる。最近は。
一度だけ、職場で訊ねられたことがかある。大丈夫ですか? と。仕事で困っていることはなかったし、その問いの意味を図りかねながら、そこでも大丈夫だと答えた。私の笑みが曖昧だったのか、目を眇めて、けど何も追及をしなかった柴主任。珍しい表情だったなと覚えている。
遠くから、見守るみたいに、腫れ物をどう扱うか逡巡するみたいに、見られることが多くなったと思う。
あからさまに開けた距離は、確かに、柴主任を戸惑わせていた。