柴犬主任の可愛い人
「そういやさあ」
「うん……」
「なんだよ。さっきから上の空だぞ。――今夜、来れるのか?」
「ああ。うん。……大丈夫」
広瀬まで私が大丈夫だと言うと顔をしかめる……。
なかなか来ないエレベーターは六機あるはずなのに、今日は一機点検中で、動いているはずのひとつは途中の階から一向に動く気配がない。幸い中途半端な時間なため、ここを利用する人が溜まっていかないのが救いだ。
ちらほらといる別会社の人たちは、他に動いているエレベーターを待ってるみたいで、広瀬と私は、誰を気にするでもなく今日の夜のことを話す。職場に戻ってしまえばそんな暇はない。
時刻は十五時。さっさとヘルプの報告書まとめて定時で上がるのだ。そして、汐里と広瀬の家で今日はご飯。
先月、汐里と広瀬は同棲を始めた。付き合いはじめて半年を過ぎた頃からずっと広瀬は土下座お願いしていて、ようやく汐里から頷いてもらえてからは早かった。お互いの両親へ挨拶に伺うのも、物件巡りも引っ越しの段取りも。新居を決めるのはそれなりに時間がかかったらしいけど、端から見てるぶんにはあっという間だったなあ。
「汐里、今日は有給とっててさ」
「えっ!?」
「料理に勤しんでる」
「ピザとか買ってったのに。それか私が来てから作っても。手伝うのに」
「目にもの見せてやるって意気込んでた」
いや。目にものなら、もう散々見せてもらった。汐里は料理が苦手で、私は汐里の味といえば炭の記憶が多い。人のこと言えるほど私も料理上手じゃないけど、いい加減が良い加減だと胸を張るには、汐里はまだまだ。まだまだだ。
広瀬と同棲を決めてからは、汐里は火加減を覚えた。レベルアップ。不定期でクッキングスタジオにも通っていた。そんな洒落たお洒落女子が作るレシピばかりなとこじゃなく、基本を習えるとこにしたほうがいいんじゃないかという助言は、一分悩んだあとに却下されたけど。
「家行くの楽しみっ。しかも新築って羨ましい」
着いたら即、家の中を探険だ。