柴犬主任の可愛い人
今日は喜ばしくも寂しい、先輩である楓さんの退職日だ。入社時、私を真摯に指導してくれた楓さんが居なくなってしまうのは寂しいけど、ご結婚されるのだから仕方がない。それを上司に報告する前に私に打ち明けてくれたことは、宝物のような出来事として脳内保存してある。
楓さんの隣には、同じ部で働く楓さんの夫となる榊さんがしきりに照れていた。
心で榊さんに恨み節を唱え、二人に花束を渡す。楓さんが幸せそうに涙ぐむものだから、榊さんへは速攻恨みの解除を施してあげることにした。
我が社は、何故そこだけ時代錯誤なんだ? と常々思っていることだけど、社内恋愛には肯定的じゃない。
例えお付き合いの段階でも、周知となった二人には、どちらかの異動が辞令として下りる。なので、皆さん隠して上手くやってはいるけど。
でも結婚となるとそうはいかない。異動先は遠方が多く、悔しいかな女性側が退職を選択するパターンがほとんどだ。これは如何なものかと、入社後知ったその規則に憤りを感じている。今日はその最高潮だ。
「おめでとうございます。楓さん」
「ありがとう、青葉」
「また遊んで下さいね。この後の席でもちゃんとお話ししたいです」
頬染める楓さんは抱き締めたいくらい可憐で、旦那である榊さんに複雑な感情を抱いた。姉の嫁入りとはこんな心境なのかもしれない。いないけど。
送り出す祝福と、奪われる焦燥感がない交ぜになる。
「うん。それはもちろん」
榊楓なんて名前慣れるのかしら~、なんて笑ってた楓さん。水上楓という固有名詞が大好きだったなあ。プライベートでもとても仲良くしてもらえた。けど、指導はちゃんと厳しくて尊敬できた。
もういっそのこと、私が楓さんをお嫁に貰いたかった。ノーマル同士だから無理だけど。
ああ、残念極まりない。
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