柴犬主任の可愛い人
「本当に、迷惑なんてことはなかったから気になさならいで下さいね」
「いえそんなっ」
するりと風呂敷を解くと、迷惑は言葉通り全く感じていないようだった女将さんは、けれど干し芋の誘惑と戦い始めてしまう。良かった。どうやらお好きな品物みたい。
お詫びだとかご迷惑に関しては結局頷いてもらえなかったけど、品物は受け取ってもらうことに成功した。
そろそろ帰ろうと、ひとつ伝言を残すことにした。それでミッションコンプリートだ。ゴールデンウィーク明けの、しかも職場でなんて、内容がアレだし顔を合わせて蒸し返すのはちょっと嫌だ。昨夜の話なら、今日にでも伝わりそう。
手元に残ってる、女将さんに渡したそれと同じ干し芋の袋詰めを差し出した。
「あの……主任へも同じものがありまして、こちらにいらしたら、申し訳ないのですが渡してもらえますか?」
「構わないけれど。――直接は恥ずかしいのかしら?」
「うっ……はい。その通りです」
そうなのね、そうよね、と心中を察してくれる女将さんを横目に、店長さんが何故か動揺して菜箸を落とす。
「そうよね。でも、ごめんなさいね。本当に」
「え?」
店長さんの動揺も、女将さんの謝罪も、この一秒後に理由が判明する。
軽快な音を立ててお店の扉が開けられると、そこには、休日仕様のラフな服装で満面の笑みを称えた柴主任がいらっしゃった。
「昨日ぶりですねー」
それはもう本当に満面の笑みで。
昨日初対面だった店長ご夫妻とはまた違う、日頃職場で接してきた主任度顔を合わせるこの気まずさ。失礼な言動とか情けないことを知られた(懺悔した)焦りが、とりあえずこの場から逃げ去る選択肢を選ぶ。
「しゅ、主任。これをどうぞっ」
「これは……?」
「袖の下ですさようなら~っ」
けれど、袖の下という言葉のチョイスに爆笑する主任に行く手を阻まれ、本日の早い夕食を主任と隣に座り、伊呂波でいただくことになってしまった。