柴犬主任の可愛い人
――……
美味しい。美味しすぎるっ。芯まで味の入ったぶり大根が超絶に美味しい。母の魚の煮付けは本人も笑うほどに不味くて生臭い。下ごしらえとかしてもそうで、娘も、それに習って笑える味を受け継いだ。こんな照りのいい美味なぶり大根は、よく行く低価格の居酒屋では味わえない。
隣で鰆の西京焼きを食べる主任はこの前より甘いと文句を言っている。
「お前は、この前しこたま酔ってただろ。味噌は同じだ」
「酔ってても亮ちゃんの味を忘れるわけないだろう」
「五月蝿い駄犬」
「酷いっ」
また甘え始めた主任を横目に菜花のお浸しを一口。苦味が控え目で美味しい。蜆のお味噌汁は赤だしが合うなあ。おからのサラダは野菜のシャキシャキ食感が満腹中枢を刺激してくれて最高で、マヨネーズ以外の下支えの調味料は皆目検討もつかないけど味が深い。
がっついているうちに、羞恥心は何処かへ飛んでってしまった。だって、主任があまりに楽しそうに笑うものだから、嫌味がそこにはなかったから、まあいっかとなってしまった。ちょろいな、私。
「神田さん」
「はい。……あの、昨日は色々とすみませんでした」
それでも、主任に色々失礼をしてしまったのは事実なんだから、ここは社会人として謝罪は必要だよね。
なのに、それは置いておかれ、主任が食べていた一皿をこちらに寄せられる。
「これも美味しいですよ。いかがですか?」
昨日食べただし巻き玉子だった。
「これは最高でした」
「でしょ。僕は左側の端から食べたので、反対側からなら気にはならないでしょう」
職場で、主任からの食の誘惑にはいつも素直に甘える私は、いつも貰うお菓子と同じく、何も考えず一切れ頂戴する。咀嚼し終えてから遠慮ないなと思ったけど、後の祭だからもういいや。
「気を使っていただいて」
「僕はあまり気にしませんが、若い女の子には考えますよ。……セクハラ怖い」
「私もあまり気にしません。――あっ、でも部長だったら嫌かも」
部長の汗がお皿に落ちるのを見て以来、密かに遠慮するようになった。